1988-3 <テンペスト>
11月に稽古、12月に帝国劇場で幕が上がった『テンペスト』(蜷川幸雄演出)が1988年納めの仕事。
『テンペスト』は、日本では江戸時代が始まったばかりの1612年初演の、シェークスピア最後の作品と言われている。
プロスペロー役は津嘉山正種さん。他には、生涯に渡ってお世話になっている青山達三さん、近年大活躍の松重豊さん、そして先ごろ亡くなられた若松武史さんなどが出演されていた。
私は演出助手である。ドラマに出演したばかりで、俳優として波に乗りたかったところ故、屈折した思いで臨んだ。しかし、その後、演出に転じたことを考えると、蜷川さんの仕事を間近に見るという演劇人として最高の場にいられたのだから、運命はわからない。
蜷川版の『テンペスト』は、能舞台での稽古という設定。私は宙乗りで登場の松田洋司さん(エアリエル役)のフォローで、舞台上に設られた能舞台の屋根に潜み、紗幕越しの客席を見下ろす毎日。誘導灯が遠くの漁火のようで幻想的だった。
本番前の俳優たちは、それぞれに柔軟体操や発声練習に余念がない。私は『草迷宮』や『さらば箱舟』など、寺山修司さんの映画での奇異な役が印象的な若松武史さんに、それとなく目を配った。変な役を演じるのだから、変人なのではないかとどこかで期待していたが、お顔立ちそのままの、物静かな人だった。ただ、その目力には寺山ワールドの怪優のひとりとしての矜持のようなものを感じた。
「鹿児島は行ったことないよ」
2011年に久しぶりの再会を果たした時、蜷川幸雄さんはそうおっしゃった。
「劇場がないんじゃない」
「ないですよ」
東日本大震災直後の東京は、薄暗く、重苦しい空気に包まれていて、まるで蜷川さん演出の舞台のようだった。
写真は1988年5月、マッドネスのサッグス(グラハム・マクファーソン)を意識した筆者。
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